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 研修センターレポート
  スクールコーチング・プログラムTALK:Teacher’s Active Listening for the Knowing
「生徒の気づきを引き出す教師のための傾聴法」

第3回
「コーチングで変わる教師と生徒の関係(下)」


  人材開発研修センター 所長 上田定
   
  インタビューその2
「学校教育とコーチング」


■教師が生徒の意欲を引き出す

「学力低下」よりも「学習意欲の低下」の方が問題だという声もありますが、現実的にどういう問題だと思いますか?

D先生
  (40代前半・女性)
  生徒の現状は、こなすべき課題が多すぎて、こなすのに精一杯という感じがします。また小学校高学年から受験勉強を強いられるために、人間関係や実体験を通じて学んでくる部分が少なくなっています。だから人間関係がこじれた場合に、なかなか修復できない。失敗体験やしくじり体験が少ないために、それらを乗り越えていくというか、それらを恐れずに行動するという意欲も自信もない。一言でいえば「心の根っこ」がひ弱になっているような気がします。生徒が自分を肯定するためには、他人が自分を認めてくれることが必要です。自分を肯定しない限り、何かをやろうという意欲は出ないと思います。
E先生
  (40代半ば・男性)
  何かをやりたいという意欲そのものは、子供達が本質的に持っているものだと思う。その意味で、意欲がなくなっているとは思いません。確かに、やりたいことを自分で開拓していくことに関しては、動きが鈍くなっています。しかし、本当のところは、多くの生徒は自分でも何をやっていいかわからない、本来的に持っている意欲を発揮できない状況ではないでしょうか。そのため、大人の目にはやる気がない、意欲が衰えているように見えるのではないか。問題は、教師の側が適切なヒントを与えれば、生徒は自分で考える力を持っているのに、それができていないということです。


■「教えること」と「学ぶこと」

やる気のない生徒への指導はどうやっているのですか?

D先生   基本的には教師が持っている答えに導くためにアドバイスを与えるという形になります。これは、教師という立場から、生徒を正しい方に導くという責任があるからですが、今までは余りにも「教える」ことに傾きすぎていたように思います。大切なのは「教えること」と「学ぶこと」のバランスです。教師側にもっと生徒の学びを支えるという意識が必要でしょう。
E先生   一言でいえば「大量の水を飲ませて、生徒が自分からやる気になるのを待つ」ということに尽きます。でも、この裏には、「自分は何回も働きかけたし、自分に出来る限りのことをやった。だから、結果が出ないとすれば、それは自分の働きかけに反応しない生徒のせいだ」という考えが隠れているのです。教師にしてみれば、自分の持てるもの全てを与えたということになり、これは熱意であると信じて疑いません。そういう教師は、あまり教科の学習について生徒と面談する機会を持とうとせず、単に厳しいだけの指導になりがちです。つまり、生徒の内面には目を向けず、一方的に自分の価値観をおしつけるだけのコミュニケーションに終始しているのです。しかも、そのことに何の疑いも持っていない。

生徒が学校生活に「意欲的」というのはどういう状態ですか?

D先生   高校生段階で最も望ましい状態は、「生き生きと目が輝いて、将来の目標が見えているために、学ぶことが楽しい」ということでしょう。逆に一番困るのは、自分がないために、周りに流され、押しつぶされて身動きができなくなっている状態です。


■教師が変わると生徒が変わる

コーチングを意識した後、生徒への対応で最も大きく変わったのはどういう点ですか?

D先生   生徒を見る目線が変わってきたことです。もちろん、生徒はこちらが思ったようには動かないことが多いんです。でも、前に比べて、そのことに苛立たなくなりました。なぜ動かないのか、動けないのかを生徒自身で考えさせるようになったのです。生徒が自分の責任において動くことをサポートしようという気持ちが強くなりました。
E先生   何よりもあまり怒らなくなりました。怒ったとしても、その後ですぐわだかまりもなくコミュニケーションがとれるようになった。また、生徒の前に立つことに疲れなくなった、ということもあります。自分ですべてコントロールしようと思わなくなったからです。以前なら、一日5コマの授業をやろうものなら、最後はヘトヘトに疲れきったものでしたが、今では全く疲れない、というか、もっと授業をやりたいと思うことすらあります。

コーチングを意識する前と後での生徒の反応で一番違うのはどういう点ですか?

D先生   制服指導の場面で最近こんなことがありました。今までは、全体の場面で「〜しなさい」という指導が中心で、言われた当座はこちらが指示した服装をします。でも、目が届かなくなると、元に戻ってしまうという状態でした。今回、高二の生徒に対して、「〜しなさい」ではなく、「最上級生になるのだから、下級生の手本としてどう振舞えばいいのか」ということを1対1の対応で考えさせました。つまり、生徒に委ねたのです。その結果、以前に比べて制服の乱れが少なくなりました。
E先生   生徒が指示を待たなくなりましたね。多い生徒ですでに数回のコーチングを継続していますが、こちらもあまり指示しなくなりましたし、生徒のほうも自分で何をやればいいかを考えるようになりました。また、教師のミスを責めなくなったというのも変化でしょうね。表情がやわらかくなってきました。今までは生徒も教師もお互いにぴりぴりして、教師の言い間違いなどのちょっとしたミスでも見逃さず、突っ込んでくるようなところがあったのです。でも、最近は、もっと余裕があるというか、お互いに問題を検討しあうといったムードが出てくるようになりました。無論、教師として最大限ミスは避けるなければいけませんが。


■学校とコーチング・マインド

コーチングのどういう点が教師である自分にフィットしているとお考えですか?

D先生   答えは生徒の中にあり、教師は生徒の中からその答えを引き出す存在だという考え方です。私は、成長は何らかの行動となって表れると考えています。コーチングは、生徒の中にある答えを主体的な行動として引き出すことで、生徒を成長させていくのだと思うのです。「明日からやります」という生徒は多いが、その明日がなかなかやってこない。ここにコーチングの可能性があるように思います。
E先生   傾聴のスキルだと思います。というより今まで自分に全くなかったという感じです。教師のほとんどがレベル1の段階ではないか。生徒の話をほとんど聞いていない。自分もそうでした。教師に必要なのはレベル2の傾聴です。それ以上に関わる必要がある生徒にはレベル3が必要でしょう。レベル1での傾聴では、生徒は決して本音をいいいません。本音をいい始めるのは、レベル2の傾聴に入ってからです。生徒が本音を言い始めると、自分から進んでやるようになります。コーチングを求めてきます。

学校におけるコーチングの可能性はどう思いますか?

D先生   教師と生徒、教師と教師の関係において、お互いの成長を手助けし、自己実現を支えあう手法として、とても可能性があり、必要なものだと思います。学校というコミュニティーにおいて、生徒も教師も人間として成長していくために必要なスキル・手法として、コーチングは機能するのではないでしょうか。競争も必要だと思いますが、お互いに支えあうことによって、人間は成長すると思うんです。管理職による人事評価や分掌責任者とメンバーの関係も、そういう「コーチング・マインド」があって初めてうまく機能するのではないかと思います。


■教師であることの喜びと誇り

コーチングを知って、何がよかったと思いますか?

D先生   教師を志した頃の気持ちを思い出させてくれたことです。その頃、大村はま先生の「仏様の手」という話を読んだことがあります。「ある人が重い荷車を引いて急な坂を上っているとき、仏様がそっと後ろから支えてくれている。人はその手には気づかないが、坂を上りきって、よしやったぞと自信を得る」というような話でしたが、それを読んで、生徒の成長を支えられる教師になりたいと思ったのです。コーチングを知って、その話を思い出しました。私も生徒にとって、仏様の手のような存在になりたいと、今改めて思っています。
E先生   二十年間教師をやっていますが、教師人生で初めて、生徒一人ひとりを一人の人間として見られるようになった、と感じています。どんな生徒に対しても、その生徒の人格を受け入れて、客観的に、平等に接することができるようになりました。これは、「目立たない子」への関心が深まったということです。今までは往々にして、成績の良い子、目立つ子に関心が向きがちだったといわざるをえません。こんな気持ちになれたことは、一人の人間としてとても嬉しい。こうした状態は、明らかに、自分がコーチングの考え方、手法を取り入れたことから生まれたと思っています。

 

ここでは、学校について、教育について、生徒や教師について、多くのことが語られています。もちろんここで述べられているのは、個人的な意見や信念であり、学校教育全般に当てはまらないかもしれません。しかし、経験を積んだ教師が自分に起きた変化を語る言葉には耳を傾けるべきでしょう。そこには「新入り」や「よそ者」には見えづらい、教師がはまりやすい「落とし穴」が語られているように思うからです。

その一つは、教師と生徒の関係はややもすると心理的な対立関係に落ち込みやすいということです。その理由は簡単です。本来的に教師は生徒を指導・管理する立場にいるので、その関係のあり方が心理的に反映するのです。

教師にとって生徒は管理すべき、指示に従うべき存在であると思うがゆえに、生徒の言動に少しでも反抗的で不服従な感じがあると、絶対に許せないという気持ちになるのでしょう。生徒の方も管理者としての教師を感じると、その姿勢に対して反発します。だから、熱心に指導しようとする教師ほど、余計に生徒の前で苛立ち、怒り、疲れるということになります。

しかし、この二人のベテラン教師はコーチングによって生徒は変わったと述べています。その中でも、今までは教師のちょっとした言い間違いでも見逃さず突っ込んできた生徒が教師のミスを責めなくなり、表情もやわらなくなってきたという変化には心惹かれるものがあります。穏やかな表情の生徒を前にしている教師の喜びが伝わってくるような気がするからです。

でも、この場合、生徒が変わったのでしょうか。むしろ、教師が生徒への姿勢(スタンス)を変えることによって、教師と生徒の関係性が変わり、その変化に生徒が敏感に反応している、というべきでしょう。

もう一つ、教師は誰でも口にすることでありながら実際には極めて難しいと思われるのは、教師が生徒一人ひとりをわけ隔てなく扱うということです。おそらく多くの教師にとって、「どんな生徒に対しても、客観的で、平等に接する」というの理念的な事柄であって、現実的な問題というより教師自身の人格や資質の問題であると考えられているのではないでしょうか。

本当にそうでしょうか。20年以上も教職にいる教師に「一人の人間として嬉しい」と言わしめるほどの変化は、彼の人格や資質が変わったから生まれたのでしょうか。

そうではありません。20年間の教員生活の後に訪れた変化は、一人ひとりの生徒とコミュニケーションがとれるようになったから生まれたのだと、彼は言っているのです。そして、そうした状態は「コーチングの考え方と手法を取り入れたこと」によって可能になったと断言しています。

ポイントは、指示・命令を全てなくすということではなく、教師が「声の調子や抑揚、感情にまで気を配りながら生徒の話を聴く」というコミュニケーションのあり方を意識的に取り入れるということです。もちろん、教師にとって、長年慣れ親しんだコミュニケーションのあり方を部分的にではあれ変えることは、とても勇気のいることでしょう。教師としての「立場」が崩れるのではないかという不安がぬぐえないからです。

しかし、今回インタビューした5人の教師が語っているように、教師としての立場は決して崩れることはありません。むしろ逆に、教師に対する生徒の態度や関係のとり方が格段に良くなるのです。このことの重大さは、二人のベテラン教師が忘れかけていた教師としてのやりがいや喜びを取り戻した、という一事をもってしても明らかです。
(了)

 
  第1回 「教師に求められる新たなコミュニケーションのあり方」
第2回 「コーチングで変わる教師と生徒の関係(上)」
 
 
 
 
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