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 研修センターレポート
  スクールコーチング・プログラムTALK:Teacher’s Active Listening for the Knowing
「生徒の気づきを引き出す教師のための傾聴法」

第1回
「教師に求められる新たなコミュニケーションのあり方」


  人材開発研修センター 所長 上田定
   
  今教師に一番求められる能力は何でしょうか。そうお聞きすると、多くの学校の校長から、「コミュニケーション能力」という答えが返ってきます。教科の専門知識よりも重要だ、と言い切る校長先生もいらっしゃいます。今学校現場では、教師のコミュニケーション能力をどうつけるかが重要な課題の一つとして認識されているのです。
   
 

■学校の現状と教師のコミュニケーション能力

なぜ、今、教師のコミュニケーション能力が求められているのでしょうか。

中高の学校現場に詳しく、教師へのカウンセリング実績も豊富な都留文科大学の河村茂雄教授は、「教師たちの感覚と子どもたちの実態とのズレ」を指摘し、「大きく変ってきた現代の子どもたちを前にして、今までのやり方が通じず、自信をなくしている先生方が少なくない」と述べています。(「教師のためのソーシャル・スキル」)

確かに目の前の生徒とうまく意思疎通ができない教師の姿は、学校教育が直面する事態の深刻さを実感させます。でも、「だから教師には生徒とうまくコミュニケーションできる力が求められているのだ」という考えは、少し短絡的すぎるように思えます。学校現場には、他にも無視できないコミュニケーションの断絶があるからです。

法政大学の児美川助教授によると、最近実施した「教師の意識調査」で、教師が最も苦手としているのは、「保護者への対応」と「同僚との話し合い」という結果が出たそうです。二つとも教師の仕事には不可欠な事柄なので、この結果にはさすがに驚いたということです。(コアネット主催「私学次世代教育研究会」での講演)

以前に比べて、学校に対する保護者の要求は多岐にわたり、その中には理不尽なものも多々あることは、多くの学校関係者から聞かれます。そうした保護者を前にして無力感にとらわれている教師の姿が思い浮かびます。また、教師集団の組織的一体感の希薄さを指摘する声も聞かれます。若い教師と年配の教師の間にある世代間の溝、以前に比べて少なくなった職場外での交流。こうした状態が当たり前になると、教師集団に一体感が失われるのは当然の成り行きです。

こうしてみると、今学校という共同体には、いくつもの深い溝、断絶が存在しているように見えるのです。

「コミュニケーション」という言葉は、もともと「共有化」「共通化」という意味のラテン語を語源とするそうですが、学校におけるコミュニケーションをめぐる問題とは、学校共同体に存在する亀裂を埋め、教師と生徒、教師と保護者、教師同士の共同性をいかに構築するかという問題のように見えます。

その意味で、今教師には、荒みかけた学校共同体を再構築する原動力として、コミュニケーション能力が求められているといえるのです。

■「行動」を指示するコミュニケーション

教師と生徒との円滑なコミュニケーションが必要なのは、生徒に望ましい教育成果をもたらすためです。では、教師にとって、もたらすべき教育成果とは何でしょうか。

「どんなときに教師としてのやりがいを感じるか」という質問に対して、「自分(教師)の力で担当教科が好きになること」をあげた後で、ある教師はこう続けています。「今まで挨拶のできなかった生徒が、自分の一言の注意や声かけで挨拶ができるようになったとか、背中をすぼめる癖のあった生徒にアドバイスをしたことでその生徒が堂々とした態度をとれるようになり、そのことを次年度の作文で自信がついたといってくれたとか、極めて小さな出来事です」(スクールコーチング受講者へのインタビュー)

教師にとって、自分の働きかけによって、生徒に何らかの成長や変化が生じることが何よりも心躍る成果として認識されています。それが教師としての「やりがい」つながっているからです。

では、生徒に成長や変化をもたらすために、教師にはどんなコミュニケーション能力が必要なのでしょうか。

そもそも、挨拶ができるようになるとか、教科の成績が上がるとか、生徒が体現する成長や変化は、最終的に生徒自身の主体的行動なしには達成できません。教師がいくら水際に導いても、水を飲むにしろ、水に飛び込むにしろ、あるいはそこにしゃがみ込むにしろ、本人が行動を選択しなければならないからです。

そうであるなら、教師にとってコミュニケーション能力とは、ある目的を達成するために生徒が何をすればいいのかを判断し、生徒に的確に指示を与え、生徒がその指示を実行する、という一連のプロセスを遅滞なく推し進める力ということになります。

長い間、教師と生徒のコミュニケーションは、教師が生徒にとるべき行動を指示する形をとっていました。教師は教え導く存在であり、生徒は教師の指示する通りに行動する。この図式のなかで、学校教育が成立していたのです。

ところが、今まで機能してきた、こうした教師と生徒の「行動指示型コミュニケーション」が、ここにきて成立しにくくなっています。考えられる理由は、長い間社会で共有されていた学校に対する「思い」が崩壊したという可能性です。つまり、かつて教師や生徒、保護者が共有していた、「努力すれば、いい学校・大学に行けて、いい人生が送れる」という学校教育に対する信頼感が失われたのではないかということです。

その信頼感こそ学校教育が成立する基盤ではなかったでしょうか。その基盤がぐらついているために、教師は生徒がやるべきことへの指示に確信が持てず、生徒は行動へのきっかけを失っているように見えます。

だとすれば、教師はどうすればいいのか。生徒の主体的行動を引き出すために教師は何をすればいいのでしょうか。

■「行動」を引き出すコミュニケーション

私たちは、行動の基層には感情があり、感情は行動を生み出すエネルギーであると考えています。喜び、願い、怒り、くやしさ‥感情こそ行動のエネルギーなのです。だから行動を引き出すためには、その人間の感情に働きかける必要があると考えるのです。こうした考え方に基づき、いかにして生徒の感情を受けとめ、寄り添い、自発的な行動へと導くのかを、教師の対話法として体系化したものが、スクール・コーチング・プログラム:TALK(Teacher’s Active Listening for the Knowing)です。

私たちは、行動指示型コミュニケーションが行き詰まった学校教育には、コーチングに基づく「行動引出し型コミュニケーション」が必要だと考えています。そして、生徒の主体的な行動を引き出すためには、その行動を生み出すエネルギーである感情に焦点をあてたコミュニケーションが必要だと考えているのです。もちろん、今までのコミュニケーションが感情と無関係に行われたということではありません。今までも教師は、生徒の感情を受け止め、やる気をうまく育みながら、適切な行動を取らせてきたのです。

問題は、そうした生徒への対応は教師の個人的な能力や経験値に任されてきたという点にあります。そのため、生徒とコミュニケーションをとるためには、教師には教科指導や生徒指導と同等の方法論、スキルが必要だという認識がない状態が続いています。

生徒・保護者の間に、学校教育への絶対的な信頼感があった時代なら、教師のコミュニケーション能力の違いはそう顕在化しませんでした。学校教育への信頼感は、教師の資質に関わりなく、生徒がその指示に従う行動となって表れたからです。しかし、その信頼が揺らぎ始めると、教師のコミュニケーション能力の違いがクローズ・アップされる結果となりました。生徒とうまくコミュニケーションできる教師とそうでない教師では、その教育成果がまったく違ってきたのです。

分岐点は、生徒の感情を受け止められるかどうかにあります。生徒の感情の動きを受け止め、注意深く見守り、最終的に自発的な行動へと導くコミュニケーションができるかどうかです。

確かに生徒の感情を受け止めたり、聞きとったりするというコミュニケーションのあり方は、行動に直接働きかけるのに比べ、手間のかかるものとなります。また、多くの教師にとって、生徒だったときも教師になってからも経験したことのない領域に踏み込むことになるでしょう。しかし、学校に対する絶対的な信頼感が希薄になった今、教師が取るべき道は、一人ひとりの生徒と真正面から向き合い、個別に信頼感を築き上げる以外にありません。教師との間に確かな心のつながりを感じた時、生徒は行動への第一歩を踏み出すのです。

スクール・コーチングがその手法として認知され、教師が身に付けるべき基本的なスキルとして広まっていってほしいと願っています。

 
  第2回 「コーチングで変わる教師と生徒の関係(上)」
第3回 「コーチングで変わる教師と生徒の関係(下)」
 
 
 
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