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教育インタビュー
 
 スクールマネジメントレビュー 校長インタビュー  
  生徒のためになることを一番に考える
 スピーディーに決定し、決めたら教職員が一致団結して突き進め
  青稜中学校・高等学校 校長 吉村 睦人 先生
聞き手…株式会社コアネット副社長 小嶋 隆
   
 
  吉村 睦人(よしむら むつひと)
青稜中学校・高等学校 校長 吉村 睦人 先生

1930年 東京杉並に生まれる。戦後から1960年まで、小・中・高全教科指導の私塾文芸教室を経営し、自ら学費を稼いで国学院大学(国文学)、東京教育大学(数学)、東洋大学(国語学)に学ぶ。
大妻高等学校講師ののち、1966年から2000年まで開成中学校・高等学校教諭、のち教頭。他に、武蔵野女子大学、東洋大学短期大学、NHK学園等講師。2004年から青蘭学院青稜中学高等学校校長。
1949年アララギ入会、のち編集委員、選者。1997年アララギ終刊後新アララギ創刊、編集委員、選者。現代歌人協会会員、日本文芸家協会会員。日本山岳会会員。
著書に歌集「貯木池」「吹雪く尾根」「動向」等。

   
 
 1995年に男女共学化、商業科の廃止、さらには校名変更という創設以来の大改革を行った青稜中学校・高等学校。以来、午後入試の実施、他校受験の推薦など他校に先駆けてさまざまな制度を導入し、現在では都内でも有数の受験生を集める進学校へと変革を遂げた。そのスピーディーな改革の原動力となったのはいったい何であるのか、吉村睦人校長にお話をうかがった。
   
  小嶋  貴校は1937年に青蘭商業女学校として創立して以来、多くの卒業生を輩出されてきました。そして、1995年に男女共学化、商業科の廃止、学校名の変更という大きな改革を実施しました。そのような改革を決断するにあたっては、さまざまな事情があったことと思いますが、まず、そのあたりのお話をお聞きしたいと思います。

吉村睦人校長(以下、吉村) まず、学校改革の必要性を感じたのは、男女共学化の2年前、1993年頃でした。その頃には生徒数の減少が著しく、中学校では1学年30人という状況だったのです。高校のほうも、入学者がどんどん減少しているような状態でした。最も生徒数が少なくなったときには六学年で千人を割っていました。
  特に、商業科では生徒数の減少が顕著でした。

小嶋 当時、生徒が集まらない状況になっていたんですね。それで、このままではいけないという思いが改革の契機となったと思うのですが、その時点で改革の目標などは設定なさっていましたか。

吉村 まずは、男女共学校化が改革の柱になりました。これがいちばん大きいことですね。そして、大学進学を大きな目標に据えました。それまでは卒業生の多くがそのまま就職していたため、社会に出て役立つ人間の育成ということが教育方針としてあったのですが、それに加えて大きく方針を転換したのです。
 

   
 
生徒数の減少に対して、危機感を持たない先生も

 
小嶋  改革前の学校の様子をお伺いしますが、生徒が減ってきているということで、先生方は危機感を持っていらっしゃったのですか。

吉村 当時はまだ生徒が集まっていた時の感覚を持っていた教職員も多くいましたので、まだ危機感はあまり感じていなかったと思います。いずれは何とかなると考えていたのでしょう。ただ、上層部はこのままではいけない、何とか手を打たなければならないと考えていました。
そこで、まず始めたのが生徒募集方法の改革でした。今までの生徒募集は教職員が授業と並行して片手間に行っていたのですが、専任の担当者を外部から入れて、専門的な見地から生徒募集も行う体制に変更しました。これは男女共学化の少し前からですね。

小嶋 本格的な改革に着手された段階では、先生方の抵抗などはありましたか。一般的には、商業科を廃止したり、共学化することときには猛烈な反対が出ると聞きますが。

吉村 当然、商業科を廃止するということは、商業科を教えている教員にとっては職場が無くなるということですから、反対はありました。また、男女共学化に関しては、事前に教職員にアンケートを行ったのですが、反対意見のほうが圧倒的に多かったですね。とにかく当初は改革について全員の意見が一致するということはありませんでした。

小嶋 改革前には抵抗する先生方もまだ多かったということですが、それでも商業科の廃止と男女共学化が同時に進められたわけですね。その際、力を入れた点や苦労した点などがあれば教えてください。

吉村 まず、男女共学化、進学校化ということで、それに合わせた教員の質の向上に力を入れました。そして、これからは若い力もどんどん入れていこうと考え、採用の方針も切り替えました。現在、主力となっている教員は、男女共学化が始まる1、2年前に採用した人たちです。
  また、商業科を担当していた教員たちには、数年のうちに社会科など他教科の免許を取らないと学校に残れないと通告をして、自らを高めていってもらいました。

小嶋 その中で自然とやる気のある先生と無い先生が振るい分けられていったわけですね。

吉村 そうです。そのときに残った教員は、今では中堅となって学校を支えてくれています。
 

 
学校の改革を知らしめるため、広報の予算を三倍に
   

小嶋 小嶋 商業科の廃止、男女共学化と同時に、学校名も青蘭学院から現在の青稜中学校・高等学校に変更されましたね。新しい校名を世間に知ってもらうことは大変なことだと思いますが、ご苦労はなかったですか。

吉村 そもそも「蘭」という言葉は女子のイメージが強いと同時に、商業のシンボルでもあったわけです。それで、商業科の廃止と男女共学化を両方アピールするために、思い切って校名を変更することになりました。青蘭は現在も学院名として残っていますけど、校名が青稜に変わったことで、女子校のイメージを払拭できたと思っています。
  それで、新しい校名を知らしめるため、今まで兼任で担当していた広報と生徒募集に、それぞれ専任の担当者を付けました。また、翌年からは広報予算を従来の3倍ほどに思い切って増額しました。
  たとえば、文化人などを外部から招聘して講演会を行うなど、学校が変わったことを対外的に積極的にアピールしました。改革のスタートでしたから、そのような思い切ったことができたのだと思います。
  そして、学校のセールスポイントとして、英語教育に力を入れようということになりましたので、1996年から新潟にある国際大学と提携して、サマーキャンプに大学講師を派遣してもらい英語を徹底的に学習しました。また、大学との間でテレビ授業も実施しました。これらのことは、我が校がこれからの国際化社会を見越して英語教育に重点を置いていく、というアピールになりましたね。

小嶋 その当時の広報でとてもインパクトがあったのは、男女共学化をアピールするポスターに男子用のトイレを載せたということですね。女子校から男子も募集することになる変化を表現したのだと思いますが、これは相当話題になったのではないでしょうか。

吉村 なりました(笑)。とにかく、青稜になって学校が変わったということを大きく知らしめる必要がありましたから、ああいう大胆な発想ができたんだと思います。今では、そこまではできないと思いますが、独創的な発想はこれからも必要だと思います。
 

 
新入生アンケートから、塾に対する広報の重要性を認識
   

小嶋 こういった大胆な広報が受験生や保護者に強いインパクトを与えるとともに、大きなアピールになったと思います。そのほか、たとえば塾などに対してはどのような広報活動を行ったのでしょうか。

吉村 塾に対して本格的に広報活動をスタートさせたのはそれから1〜2年後でした。当時、新入生にアンケートを取ったのですが、その結果から進学先を決めるのに塾の先生の影響が大きいということが分かりまして、これからは塾に対する広報活動にも力を入れなければいけないと実感したんです。それで、まず東京・神奈川など近隣の塾にダイレクトメールを送りました。あと、私たちの校内誌である『青稜』も塾向けにアレンジして年に4回送ることも始めました。

小嶋 今では塾向けの広報誌を出す学校も多くなりましたが、その当時としてはかなり先駆的な試みですね。

吉村 そう思います。それ以外にも、各塾別に懇談会などを企画しまして、情報なども集めたりしました。それで、そのうち仲のいい塾などもできたりして、それらも生徒たちに対して大きなPRになったと思います。ただ、あまり広げすぎるとこちらも手が回らなくなりますので、ある程度塾の数がそろったところで、より関係を深くしていくという方針にしました。そういう塾とは今でも親しくしていただいています。

小嶋 まず、塾との付き合いが以前と比べてだいぶ深くなったわけですね。そのほか、受験生を持つ家庭に対しても何か直接的なアピールは行ったのでしょうか。

吉村 はい、小学校5、6年生の子どもを持つ家庭に対してもダイレクトメールを送るようにしました。ただ、こちらのほうは、反応があまりなかったんですね。かなり予算もかけたのですが、思ったほど効果がないということで、家庭へのダイレクトメールは3年で止めました。その分、塾に向けてより積極的に広報活動を行おうということになりました。
 

 
1年早めた高校の共学化が
2000年の結果につながる
   
小嶋  青稜中学校・高等学校といえば、入口の生徒募集面での改革に成功したイメージが強いのですが、一方で早いうちから出口、つまり大学進学実績での改革の成果を出していましたね。

吉村 1995年に中学校を男女共学化しましたので、その生徒たちが高校に進学する1998年に高校も共学化するのが順当ですが、実際にはその1年前の1997年に高校も男女共学化しました。
  議論の過程においては、1998年から共学化すればいいのではないかという意見も多かったですね。しかし、少しでも早く成果を出したかったので、結果的には1997年から高校も男女共学化ということで決着しました。いざ生徒募集をしてみたら、受験者もかなり集まり、この生徒たちが3年後に大学進学で良い結果を残してくれました。その点では、共学化の1年前倒しは成功だったと思います。
  また、高校の男女共学化を機に、少しバラバラな部分もあった進路指導も進学を意識したものに統一し、放課後の講習を英数国理社すべて行うようにしたり、サテライト授業を今までよりもっとレベルの高いものに変えたりしました。
  1995年に入学した中学校共学化一期生が高校に進学してくるときには、それらの進路指導体制も整い、彼らは新しい進路指導をフルに受けたわけです。このことが三年後に東工大現役合格をはじめとする大学合格実績躍進につながったのです。いろいろな偶然性もありますが、学校改革の流れに生徒たちがうまく乗ったことも大きいと思います。

小嶋 お話をうかがっていますと、改革も順調に進んできたように思います。一般論として、経営側と教職員、それに事務も含めてみんなが一つの目標に向かって足並みをそろえないと改革はうまくいかないというところもあります。そのあたりの歩調はどうだったんでしょうか。

吉村 本校の教職員の良い点は、一度やろうと決めたことに対しては一致して協力するというところです。物事を決めるまではいろいろと議論を重ねるのですが、結論が出た後は、それに向かってとにかく一致団結して進み、後から文句を言うこともありません。ですから、改革に対する足並みはかなり揃っていたほうだと思います。
 

 
どこの学校よりもいち早く、 自校の立場をアピール
    
小嶋  やると決めたらみんなで歩調を合わせられることは、改革の大きな後押しになりますね。これからも改革は続けられることと思いますが、とりあえず男女共学化などの改革がスタートしてある程度改革の結果が見えるまでに、6〜7年かかったということでしょうか。

吉村 そうですね、だいたいそのくらいで結果が出始めたと思います。ただ、その間にもいろいろと試行錯誤がありました。
  たとえば、英語教育にもっと力を入れようと考え、英語教材を一時期プログレスに変えたこともあります。しかしながら、これにはまだ生徒がついていけなくて、時期尚早と判断し3、4年で検定教科書に戻しました。ただ、そのときにプログレス用として若い優秀な教員を5〜6人採用したのですが、その人たちが今でも何人か残っていて、大きな力となっています。
  それともう一つ、2002年からの新学習指導要領の導入に対応して、その2年前ぐらいからカリキュラムの検討をしていたときのことです。学年主任から教務部長、さらには理事長まで交えまして、これから学校をどうするかという方針の議論を重ねたんです。それで、ほかの学校は週休2日制にするかもしれないけれど、うちは今までどおりでいこう、授業時間は週34時間を確保しようと全員一致で決めました。そして、どこよりも先に自校の方針を打ち出しました。その決断と発表は早かったですね。それも、教員たちの考えが統一されていたからだと思います。

小嶋 確かに、貴校はほかの学校とくらべて意思決定が早いと思います。たとえば、今では当たり前になった中学校の午後入試でもかなり早い段階で導入していますし、中高一貫生の他高校受験奨励制度も画期的でした。その意思決定の早さには何か秘密があるのでしょうか。

吉村 基本的に教職員全員で考えなければいけない問題と、トップダウンで決定すべき問題を切り分けています。特に意思決定を早くしなければならない事柄に関しては、コアとなるメンバーで議論をして決定しています。もちろん、決定した際にはすぐに教職員全員にきちんと説明します。一度決まったことは一致団結して行うという風土がありますので、実行も早いと思います。
 

 
生徒の立場にたった改革が保護者からの信頼を獲得
 
小嶋  改革がスムーズに進んだ要因として、そういった意思決定のスピードと、決定したことに一致団結して向かっていくという風土が挙げられると思いますが、もう一つ、改革する内容が生徒や保護者の立場に立ったものということも大きかったのではないでしょうか。

吉村 そうですね。私たちは生徒のためになることを一番に考えて行動します。そして、特に気をつけていることは、入学時に約束したことは在学中に必ず行うということです。たとえば、中学入学段階で英語と数学は習熟度別に少人数制でやりますと説明しているんです。それが、生徒数の関係で実施が困難になったこともありました。ただ、一旦約束したことは必ず守るということで、どんなに苦しくても少人数制は維持しました。そういう点も生徒、ひいては保護者からの信頼を得られることにつながったのではないでしょうか。
  そのほかにも、放課後講習や早朝学習、質問の日や大学生が指導する少人数ゼミなど、生徒募集の段階から受験生や保護者に約束をしている学習プログラムがたくさんあります。これらは、みな生徒の学力向上を一番に考え実施していることですから、お約束した通りにきちんとやり遂げようと思いますし、教員にも真剣に取り組むようにお願いしています。

小嶋 確かに、そういった生徒に対する真摯な姿勢が保護者たちの信頼を得て、生徒募集の成果につながり、さらには出口の結果にも反映してきていると思います。これからも改革は続けていかれると思いますが、今後はどのような点に気をつけて進めていきたいとお考えでしょうか。

吉村 私たちの学校は学習面だけでなく生活指導の面でも評価を得ていると思っています。ですから、勉強だけではなく人格形成においても力を入れていきたいと考えています。もちろん、生徒たちをきちんと指導するためには、教職員の意識の統一が必要だと考えます。
  規則を破った生徒に対して、ある先生は怒るけれど、ある先生は見逃すということであれば、生徒はどうしても安易な方向に流れていき、指導はうまくいきませんから。

小嶋 生徒に対する指導も先生によってぶれることのないよう、同じ基準で行う必要があるということですね。ところで、先生方に対する人事評価については、今現在どのような感じなのでしょうか。
 

 
教職員に対する評価を今後は明確にしていく
 
吉村  今はまだ教職員に対する評価が明確でない部分もありますので、今後はもっと明確にしていくつもりです。たとえば生徒に、この先生はちゃんと授業をしているのか、教えていることがきちんと伝わっているのか、また授業が求めているレベルに合っているのかなどアンケートを取り、それも評価の参考にしていきます。又、先生には年間を通して、自己評価をしてもらい、目標設定をもお願いしています。それをベースに校長以下の管理職と話し合いが持たれます。

小嶋 今すぐとはいいませんけど、数年のうちに新しい評価になり、給料も実力に応じて変わるようになるという意識や緊張感が、先生自身の研鑚にもなるわけですね。それと、先生に対する研修などは行っていますか。

吉村 教職員に対しては、最低年に1回は外部の講師を呼んで、危機管理や学校経営などをテーマにした研修会を行っています。このことも、教職員の意識改革や意思統一に役立っていると思います。そのほかに、性教育やカウンセリングなど、生徒指導に役立つ研修会もたびたび実施しています。
  あと、評価の高い先生の授業をビデオ撮影して、先生や生徒がいつでもみられるようライブラリ化することも行っていました。ただ、これは思ったほど利用されなかったので現在は実施されていないのですが、要望があればいつでも再開できるようにはしています。もちろん、そのときに撮影したビデオは今でもみることができます。

小嶋 ほかの学校だと授業を公開することをいやがる先生がいるところもあるのですが、貴校はその点でかなりオープンですね。

吉村 本校では、ほかの先生の授業はいつでも見学することができます。授業のいい面は積極的に取り入れ、逆に悪い面は改善の参考にする。それにより、お互いに切磋琢磨し、よりレベルの高い授業につながればと思っています。

小嶋 わかりました。それでは最後になりますが、これから改革をしようと考えている学校も数多くあります。それらの学校に対して、何かアドバイスがあれば教えていただきたいのですが。
 

 
明確な目標を設定し、教職員の方向性を一致させる
 
吉村  ほかの学校さんに対してアドバイスができるほどの立場ではないです(笑)。ただ、改革にとって重要なのは、目標をきちんと設定して、それに対して変えられるもの、変えられないものを判断しながら突き進めていくことだと思います。
  本校も以前から比べれば入試の偏差値も上がってきていますけれど、さらに今後4〜5年でこれぐらい偏差値を上げようという具体的な目標を設定しています。その目標は、教職員も全員が意識しています。

小嶋 いい学校にしようという漠然とした目標を設定するのではなくて、数値と行動をはっきりと示して、それに向かった改革を行うということですね。

吉村 これからは公立の中高一貫校もどんどん人気を伸ばしてくると思いますし、私たちにとっても、ここ数年が本当の正念場になるのではないでしょうか。ただ、それらの学校がどんなに頑張ったとしても、私たちはそれ以上に生徒をきちんと教育しているという自負を持てるくらい努力していくつもりですし、実際そうしなければ生き残れないと考えています。
  最近ではいじめ問題など、学校もいろいろな事柄に対応しなければいけない厳しい状況です。特に私学は勉強面もさることながら、生活面に対する指導への期待も大きいと感じます。そういうことをまず自覚して、勉強だけでなく、生活もきちんと指導できる環境を作ることが、これからの私学に求められているのだと思います。
 

   
 
聞き手 小嶋 隆(こじま たかし)

1968年神奈川県横浜市に生まれる。自身も中学校受験を経験し、中学・高校・大学を成城学園に学ぶ。
大学卒業後、株式会社富士銀行にて4年間勤務。
1996年10月株式会社日能研関東予備校 取締役副社長に就任。
その後、株式会社三和総合研究所に出向し、コンサルティング業務を担当。
2000年株式会社コアネット代表取締役副社長に就任。
毎年200校を超える学校との交流がある。

   
  「私学マネジメントレビュー」第21号(2007年3月発行)より転載
   
   
 
 
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